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左川ちか全詩集から 「白と黒」、「五月のリボン」 読みました。

21

白と黒


白い箭が走る。夜の鳥が射おとされ、私の瞳孔へ飛びこむ。

たえまなく無花果の眠りをさまたげる。

沈黙は部屋の中に止ることを好む。

彼らは燭台の影、挘られたプリムラの鉢、桃花心木の椅子であつた。時と焔が絡みあつて、

窓の周囲を滑走してゐるのを私はみまもつてゐる。

おお、けふも雨の中を顔の黒い男がやつてきて、

私の心の花苑をたたき乱して逃げる。

長靴をはいて来る雨よ、

夜どほし地上を踏み荒してゆくのか。

1932年(昭和7年)5月 発表 左川ちか21

【注】

や【矢/箭】 武器・狩猟具の一。弓の弦(つる)につがえ、距離を隔てた目的物を射るもの。

挘られた むしられた

プリムラ サクラソウ科サクラソウ属の一年草

桃花心木 マホガニーの和名

花苑 かえん 花園


白い箭(や)は稲妻でしょうか。

白は稲妻、黒は夜。

落雷は外の夜を切り裂き、沈黙している部屋の中を光が走り回っています。

左川ちかは、稲妻、落雷、雨を孤独に不安げにみまもっています。

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22

五月のリボン


窓の外で空気は大声で笑つた

その多彩な舌のかげで

葉が群になつて吹いてゐる

私は考へることが出来ない

其処にはたれかゐるのだらうか

暗闇に手をのばすと

ただ 風の長い髪の毛があつた

1933年(昭和8年)6月発表 左川ちか22


五月は、木々の芽吹いた葉が次第に広がり、緑が濃くなり、明るいイメージと感じるが、左川ちかは五月の緑の増殖に不安をかき立てられます。

「空気は大声で笑う」と木の葉ずれでしょうか。

「暗闇」というからには時間は夜なのでしょう。

「風の長い髪の毛があった」の言葉の選択は、「見えない不安を感じている」を表現しているように思われます。


by hitoshi-kobayashi | 2017-05-28 08:00 | Comments(0)