2017年 05月 28日
左川ちか全詩集から 「白と黒」、「五月のリボン」 読みました。
№21
白と黒
白い箭が走る。夜の鳥が射おとされ、私の瞳孔へ飛びこむ。
たえまなく無花果の眠りをさまたげる。
沈黙は部屋の中に止ることを好む。
彼らは燭台の影、挘られたプリムラの鉢、桃花心木の椅子であつた。時と焔が絡みあつて、
窓の周囲を滑走してゐるのを私はみまもつてゐる。
おお、けふも雨の中を顔の黒い男がやつてきて、
私の心の花苑をたたき乱して逃げる。
長靴をはいて来る雨よ、
夜どほし地上を踏み荒してゆくのか。
1932年(昭和7年)5月 発表 左川ちか21歳
【注】
や【矢/箭】 武器・狩猟具の一。弓の弦(つる)につがえ、距離を隔てた目的物を射るもの。
挘られた むしられた
プリムラ サクラソウ科サクラソウ属の一年草
桃花心木 マホガニーの和名
花苑 かえん 花園
白い箭(や)は稲妻でしょうか。
白は稲妻、黒は夜。
落雷は外の夜を切り裂き、沈黙している部屋の中を光が走り回っています。
左川ちかは、稲妻、落雷、雨を孤独に不安げにみまもっています。
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№22
五月のリボン
窓の外で空気は大声で笑つた
その多彩な舌のかげで
葉が群になつて吹いてゐる
私は考へることが出来ない
其処にはたれかゐるのだらうか
暗闇に手をのばすと
ただ 風の長い髪の毛があつた
1933年(昭和8年)6月発表 左川ちか22歳
五月は、木々の芽吹いた葉が次第に広がり、緑が濃くなり、明るいイメージと感じるが、左川ちかは五月の緑の増殖に不安をかき立てられます。
「空気は大声で笑う」と木の葉ずれでしょうか。
「暗闇」というからには時間は夜なのでしょう。
「風の長い髪の毛があった」の言葉の選択は、「見えない不安を感じている」を表現しているように思われます。