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思い出話 『つぶの権八』 最終回

『つぶの権八』の大好きな「牛筋の味噌煮込み」がしょっぱくなったなと感じ始めたころです。


『権八』の大将は日本酒が好きなんです。

夏の暑い日に、「ビール一杯、どう?」と聞くと、「ヘイ、アッシはぽんしゅ(日本酒)が好物で・・・・」の返事です。

「そうかい。じゃあ日本酒一杯おごるよ。」

大将は、コップ一杯の日本酒を嬉しそうにチビチビやりながらつぶを焼いています。



ある日、一人三次会で『権八』に立ち寄ってみると、のれんがでていません。

「ヘエ~、定休日ってあったのかな?」

その後、何度行ってみても休みが続いています。

電話を掛けることにしました。

呼び出し音が聞こえるので、移転や閉店ではないようです。

一か月以上たって、電話が通じました。

「おい、やってるのか!」

「ヘイ」

その夜、いただきものの日本酒四合ビンをぶら下げて『権八』へ。

大将は、カウンターの中で一人ポツンと椅子に腰かけていました。

「どうしたんだい? 大将。これお土産。飲もうよ。」

「ヘイ、検査入院してました。一時帰宅で明日また入院です。家で何にもすることがないので、店開けました。酒飲めません。」

「分かった。退院したら飲んでよ。」

「ヘイ、ありがとうございます。そうさせてもらいます。」

、と言いながら冷蔵庫の上に四合ビンを乗せました。

「はやく出て来いよ。旨い酒飲もう!」
「ヘイ・・・・」

検査入院というのに、何故か病状も病名も聞かずその日は世間話です。

その日が大将と会った最後の日です。私が『権八』に行った最後の日でもあります。


又、電話をかけても出ない日が続きました。

ある日、呼び出し音がなくなりました。本当に閉店したようです。


数か月後、『つぶの権八』は別な店に替わっていました。

一度、その店に行きました。ママさんがいました。

「『権八』の大将、どうしたか知ってる?」と聞いてみましたが、「分からない」が答えでした。

その後、どこからか大将は病院で亡くなったと聞きました。

あんなに通ったのに、大将の名前も、家族も、病名も聞かずじまいで、経歴は船乗りだったことしか知らないことに気が付きました。


エイト街の『つぶの権八』、居心地のいい店でした。

たくさんのことを捨ててきました。嬉しいことも、嫌なことも・・・・

「牛筋の味噌煮込み」の味が変わったのは、病気で味が分からなくなっていたのかな・・・・?

多分、あの日本酒は飲まずじまい・・・・。


by hitoshi-kobayashi | 2017-08-01 08:00 | Comments(0)