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詩の紹介 『自選大岡信詩集』より「八月六日の小さな出来事」

『自選大岡信詩集』(岩波文庫)をパラパラとひろい読みをしていました。

大岡信の豊かな感受性と幅広い知性にはただただ感服するだけですが、読み終わった後で、不気味な印象を持った一篇の詩がありました。私は、最後まで読んで、「エッ」と声を出してしまいました。一寸長いのですが、引用します。



巷の十四 八月六日の小さな出来事


あたくしはけさ――

台所の流し台に迷ひこんで

うろうろしてゐる黒い虫に

(ゴミムシの一種でせうね)

洗剤の泡をたつぷりと見舞つてやり

やうやつと弱つたところを

水びたしにして

プカプカと犬掻きしている小憎らしい虫を

下水の闇へ突き落としてやりました

何分後かに

よろよろと

虫が再びよぢのぼつてくる瞬間を

暗い死人の目になつてまちうけるあひだ

頭皮からジワジワとにじむ

汗の蒸気をこらへながら

あたくしじしん

出口へ這い寄る黒い小さな

硬い虫の六本の足になりきり

いつしよにぜいぜい喘ぎながら喘ぎながら

ぬるぬるの苔のまつはる下水の闇を

けんめいに 光を求め

一瞬一瞬よぢのぼるのです

  ナゼヒトハ

  サツリクスルカ

  ナゼヒトハ

  コロシガスキダ


そんなこと

だれが知るか

ネエ あたくしはだだ

虫の奴が一気に死んでくれないことに

いらいらしているの

小癪なのよ

ああもう 早く死んぢまつておくれ

そんなに必死に苦しまないで

もつと楽にしんでおくれ

ああまださうして下水から

くびなど出すな

また出した

あ また 出した

どうしても

息の根とめてやらなくては

どうしても

とめてやる

とめてやるわ


さうよ

それがあたしの楽しい義務(つとめ)なの

だつてあたくし

ご存知じかしら

名前からして

 
陽気なエノーラ(EnolaGay


エノーラ・ゲイは広島に原爆を投下した米軍機の「愛称」


Commented by higurete at 2019-10-17 21:06
こんにちは。
最後の落ちが痛烈な爆弾となって脳髄を放射能で埋めました。
by hitoshi-kobayashi | 2019-10-17 08:00 | Comments(1)