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たくさんのヒーローが次々登場しますので、前回までの彼等・彼女等の記憶を呼び起こすのが大変でした。

蛇足ですが、ヒーローを女性に使っても間違いではないらしいのです。

ヒーロー達は、それぞれが長い歴史と個別の個人戦の作品があり、アベンジャーズでの団体戦もあります。それをふまえて、ストーリー・個性・エピソードの連続性を保ち脚本を書くことはとても難しいだろうと思いました。

今回の記事に多少のネタバレがありますので、まだ映画を観ていない方は飛ばして下さい。


基本的な展開は、こんな感じです。

〇前作でサノスに完敗したヒーロー達のモチベーションのアップ。

〇生き残ったアベンジャーズの再結集。

〇6つのストーンを奪回するため過去へ戻っての戦い。

〇それを察知したサノスとの総力戦。


アベンジャーズシリーズのストーリーに見え隠れする、重要なもう一つのテーマがあります。

ヒーロー達の感情は、その戦闘能力から想像できないほど人間的なのです。過去の、失敗、心残り、悔やみ、劣等感を戦いの中で乗越え克服することが、サノスに勝利するために必要なのです。これが、観客にヒーロー達を身近に感じさせ、シーリズの面白さを更に増しているのです。


アベンジャーズ・シリーズの展開に変化にを感じます。、ヒーローは男性だけに限らず、多くの個性的で高い戦闘能力を持つ女性のヒーローが登場し、物語の展開に重要な役割を果たします。女性ヒーローが戦うのです。

初期の頃の女性ヒーローは、私の大好きなナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)だけでしたが、今では新登場のキャロル・ダンヴァース/キャプテン・マーベル(ブリー・ラーソン)、サノスの娘ネビュラ (カレン・ギラン)、等、まだまだたくさん登場します。


ナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ (スカーレット・ヨハンソン)は、極めて人間的で複雑な個性を持っています。常に過去の何かが彼女の心を苦しめているのです。単独の作品を見ずに、アベンジャーズで彼女を知りましたので、彼女の過去はチョットしか分からないので非常にミステリヤスです。もともとは普通の人間なのです。

彼女には家族がいないのです。家族のために戦うことを知らないのです。そんな中でアベンジャーズの一員となり、その仲間を家族と思うようになりました。考えた末の結論として、仲間のために死を選びます。切ない展開です。


性格が勝気なキャプテン・マーベルは、絶大な戦闘能力を持っていますが、サノスとの戦いは最後に参戦します。その理由は、「宇宙で邪悪な宇宙人と闘っている星は地球だけではない。私を必要とする星はたくさんある。私は忙しい。」なのです。「はあ~ ゴモットモ……」。私の推測ですが、キャプテン・マーベルはシリーズ化されます。


娘ネビュラ (カレン・ギラン)は、本作品では登場シーンも多く、物語の展開を導く重要な役割です。身体の多くの部分をサイボーグ化されています。サノスの娘としてアベンジャーズの敵として登場しましたが、信頼していた父サノスが破壊者であることを悟り、アベンジャーズに味方します。表情が無く、セリフ少ないネビュラですが、心の中では父と闘うことの葛藤で渦巻いています。

サノスとの戦いの終盤、女性ヒーロー達が結集するシーンには、新鮮な驚きがありました。

これから、新たなアベンジャーズ・シーリズを予感させます。


男性ヒーローでは、確執のあったアイアンマンとキャプテン・アメリカが、友情を再確認し戦いを牽引していく姿が描かれます。しかし、サノスとの戦いに勝利した二人は、この作品で役目を終えます。それは自ら選んだ結論です。アイアンマンは命を落とし、キャプテン・アメリカは普通の人間にもどるのです。アイアンマンはもともと普通の人間なのです。烈しい戦いで体力がつきたのです。パワードスーツを装着することで超人的な戦闘能力を得ていたのです。

キャプテン・アメリカは、1922年生まれだから、本当は100歳を超える年齢です。最後にストーンを携え、過去に石を戻す任務中、彼は、過去の恋人と結婚し、齢を重ね、現代に戻ってきたのです。戻った彼の左手薬指には指輪がありました。ヒーローの中で最も前向きな姿勢を取り、他のヒーローたちの先頭に立って戦ってきた彼ですが、過去の恋人への強い想いが、時折みせる暗い表情の理由だったのです。とうとう過去に戻り、普通の人間として思いを遂げることができました。

普通の老人となったキャプテン・アメリカは、シンボルであるシールド(盾)を黒人のファルコンに譲り、新たなキャプテン・アメリカとなることを希望し、ファルコンは受け取りました。

白人のキャプテン・アメリカが去り、黒人のキャプテン・アメリカの誕生です。


ソー(クリス・ヘムズワース)の描き方に違和感が残りました。彼の純な一面を強調したかったようですが、成功しているとは思えません。ただ、肥満したソーを作り上げた特殊メークの技術に驚きました。


スーパーあらいぐまロケットの英語版の声を、『スター誕生』や『運び屋』で素晴らしい演技を見せたブラッドリー・クーパーが担当しています。何でもできる恐ろしいほどの才能です。


まだまだ感想を書きたいのですが、これでも長すぎます。

最後に、一言。

アベンジャーズとサノスの戦いは、「団体 対 個」、「家族 対 個」、の戦いだったのです。



by hitoshi-kobayashi | 2019-05-14 06:03 | Comments(0)

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1970
年代ニューヨークのスラムが舞台です。

映画は、レイプの犯人として無実の罪で拘留されているファニーにティッシュが面会に行くシーンから始まります。ガラス越しの面会。会話は電話を通して。ティッシュはファニーに妊娠していることを告げます。ガラスを挟んで、手を合わせる二人です。

ファニーとティッシュの家族がファニーの冤罪を晴らすために奔走します。これが、ストーリーの一つの流れです。

ファニーは、彫刻に生きる目的を見いだし、ティッシュは香水の販売店員。二人は幼馴染で、それぞれが特別な存在でした。惹かれ合い、結ばれ、将来を約束しました。

信頼し合い、助け合い、愛し合う二人を描くことがもう一つの流れです。

二人の出会いから今までの流れと、現実の流れが交互に描かれ、最後に二つの流れが合流します。若い二人が優しい澄んだ眼でお互いを見つめ合うシーンはとても素敵です。きれいな映像と音楽です。この映画はラブストーリーです。この映画では、人物のアップを多用します。特に、恋人二人が見つめあう顔を正面にすえてアップで撮影します。俳優は、微妙な心の揺らぎを目と表情で演じます。


しかし、幸せだった過去の二人を描くことは、今の二人が置かれている不条理な現実を際立たせます。


いろいろな問題提起されます。


白人の黒人に対する偏見と差別。

ファニーの母親・姉妹の狂信的な宗教観。ファニーと母親との関係は良くないのです。

信用のできない警察。白人警官がファニーを冤罪に陥れます。警察官の証言が決め手。矛盾した証言だが、警察は取り合わない

白人が牛耳る法曹界は黒人の味方をしない。

無実を証明する訴訟にはお金がかかる。

レイプ受けた被害者の女性は、故郷のプエリトルコに戻り、行方不明。


裁判を諦めたファニーは量刑軽減を申請します。裁判で無実を争わず、罪を認めたのでしょう。

何も問題は解決しないでこの映画は終わります。

ラストまで書くことはネタバレで嫌われますが、冒頭に書いた面会のシーンに対応するので、触れたいのです。これが救いなのでしょうか。監督が言いたかったことなのでしょうか?

ティッシュが、4、5歳の男の子ともにファニーに刑務所に面会に行きます。

ティッシュは母親の顔をしています。

そこは広い部屋です。テーブルと椅子がたくさんあり、受刑者が家族と話しています。

アメリカのレイプ犯罪の量刑が分かりませんが、ファニーが投獄されてから5~6年でしょう。

ティシュがお菓子をファニーに渡します。

ファニーが食べようとすると、子供が「食べる前のお祈りは?」と、聞きます。

三人は、手を輪のようにつなぎ合って、お祈りをします。そこに家族がいます。愛があります。


人種差別がテーマですが、白人の登場は少ないのです。

差別される側の人たちと思える、スペイン人、ユダヤ人、プエリトルコ人、メキシコ人などが脇役として登場します。その人たちはファニー・ティシュの二人に優しく接します。

これも監督が描きたかったことなのでしょうか?


この映画を観終わってからの感想。

「現実は単純でなく、問題の解決は簡単ではないのでしょう。でも、すっきりしない。」


by hitoshi-kobayashi | 2019-03-04 08:00 | Comments(1)

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記憶が不確かで申し訳ないのですが、映画の最初に「この物語はほぼ事実です。」のテロップがでます。「ほぼ」は「almost」の訳です。

当然、映画の演出です。ですから、「完全史実と思いこまないように」と、暗に言っているのでしょう。しかし、英国ではヴィクトリア女王を知らない人はいないはずで、すべてフィクションでない事はすぐ分かるはずです。

映画の舞台は、1887年(女王68歳)から死去1901年(82歳)の英国です。

ヴィクトリア女王(英語:Victoria1819524 - 1901122日)は、女王として在位63年間君臨。その間に英国は戦争を繰り返し、世界の4分の1を統治しました。ちなみに、ヴィクトリア女王は現エリザベス女王の高祖母です。

タイトルの「最期の秘密」の「最期」は死の直前を意味します。

ざっくりとしたストーリーです。

最愛の夫や従僕に先立たれ、保身に走る政治家や侍従たちに心を閉ざしていたヴィクトリア女王が、インドのイケメンに心を惹かれ、死の直前まで側に置き寵愛し、心の安らぎを求めました。その行動に、息子(後のエドワード7世)や取巻き連は驚き・ヤッカミ・妨害しますが、ヴィクトリア女王は権力を持ってねじ伏せ、突きすすみます。

前半はコメディータッチですが、その後、現代に繋がるたくさんの歴史的な問題が提示されています。

英国の植民地政策、人種差別、宗教などなど・・・・・・。

チョットも盛り込みすぎかもしれません。

私は、脚本・演出の立ち位置・意図が分からなくなりました。


ヴィクトリア女王を名女優ジュディ・デンチが演じます。

ジュディ・デンチJudi Dench, 本名: ジュディス・オリビア・デンチ、Dame Judith Olivia Dench CH, DBEFRSA1934129 - )は、イギリスの女優。

最近、ジュディ・デンチが出演する映画を随分観ていることに気が付きました。

007シリーズ」のM役、

「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」2012

「マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章」2015

「オリエント急行殺人事件」2017

「ヴィクトリア女王 最期の秘密」2017

小柄だそうです。身長155㎝と公表されています。しかしその存在感は圧倒的です。

ジュディ・デンチの演技に触れたいと思います。

インドのイケメンに出合ったころは、まだ精力的な女王を演じ、その後死期を迎えるまでの老いの微妙な変化を見事に演じ分けます。一見怖いお顔ですが、笑うと童女のようにチャーミングです。

私が驚いたのは、死の演技です。

死んだ人間を演じるのは、どうすればいいのでしょうか。

英国女王の死です。女王として生きた重い過去がすべて消え去り、女王の威厳を漂わせながら、安らぎさえ感じます。とても美しい顔と思いました。


ヴィクトリア女王は、身長145センチ足らずで、一方体重は1880年代には76キロになっていたそうで、そうとう小柄で肥満です。その性格は。直情径行、我がまま、短気で、理屈は通らない人間だったと言われています。

映画は、朝、ヴィクトリア女王が目覚めるシーンから始まります。起床時間が来ると、侍従たちが大挙して女王の寝室に集まり、数人でベッドから女王を抱き起します。王室の習慣ではなく、女王は肥満のため自力で起き上がれないのです。パーティが続きます。そして大変な食欲です。肥るのは当然です。その時代、ジムはありません。笑えます。

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映画で、強く印象に残ったことの一つです。

インド人のイケメンは、独りで英国に来たのではなく、もう一人インド人が同行しています。

映画の前半はコミカルな道化役でした。

彼は背も低く、イケメンではないためか、女王の寵愛はひたすらイケメンに注がれます。待遇が全く違います。彼は、「インドに帰りたい」と繰り返しイケメンに言います。

イケメンは取り合いません。同僚の待遇の改善も女王に申請しません。

英国の気候に合わないため、病気になり、英国で寂しく死を迎えます。

死の少し前に、王子と取巻きの一人が、待遇の改善を条件にイケメンを陥れるためのスパイとなることを勧めます。そのときの、このインド人の対応に驚きます。

ハッキリ断り、「侵略者!」と罵るのです。

世界に君臨する英国の王子に向かってです。

大英帝国に侵略統治されたインドの怒りと誇りを感じました。


by hitoshi-kobayashi | 2019-02-22 08:00 | Comments(0)

斉田育秀著「続・映画のグルメ―映画と食のステキな関係―PART2」

株式会社五曜書房 2018

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2016813日に本著の前著を紹介しました。

https://asabu001.exblog.jp/25601186/


本著は、前著をさらにパワーアップして上梓されました。

今・昔・邦画・洋画、合わせて63作品の見どころ、登場する食ベ物が手際よく解説されています。それぞれの章の最後にチョット滑りそうな駄洒落のデザート(おまけ)が付いています。

目次で、登場する作品と食べ物が整理されていて、とても見やすく構成されています。

気になる映画・懐かしい映画をひろって読むことをお勧めします。

映画と食べ物の関係はこんな感じです。製作年、主演は私が本著から拾い、加えました。


〇 旅情(1955年、イギリス、アメリカ)

主演:キャサリン・ヘップバーン、 食べ物:ポテトチップス、フライドポテト

〇 ALWAYS 三丁目の夕日(2005年、配給東宝)

主演:吉岡秀隆、 食べ物:カレー

〇 キューポラのある街(1962年、日活)

主演:吉永小百合、食べ物:今川焼き

〇 座頭市物語(1962年、大映)   

主演:勝新太郎、食べ物:大根

〇 ひまわり(1970年、イタリア)

主演:ソフィア・ローレン、食べ物:オムレツ


斉田さん(個人的にそういつも呼ばせていただいていました。)は食品商品開発が本業で、趣味が映画と自己紹介します。しかし、伝説の映画評論家淀川長治の門下生であり、映画の知識は趣味のレベルをはるかに越えています。


本著から、私が大好きだった勝新「座頭市物語シリーズ」の第一作をトンデモナク大雑把に、一寸だけ紹介します。

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〇 座頭市は子母沢寛の随筆集「ふところ手帳」のある短い話が元ネタ

〇 病気持ちの平手造酒(ひらてみき)と知り合い共感を覚えるが、ヤクザの出入りに絡み決闘せざるを得ず、市は平手造酒を切る。

〇 この二人の切る、切られる情感が、切なく観客を映画の世界にいざないます。


さて、次は食べ物の紹介です。

市は飲み屋(めし屋)の美味しいそうな煮込みおでんの匂いに誘われ、店に入ります。おでん用の大根が登場します。ここから大根のお話。

大根の原産地:二説あり、地中海沿岸説、コーカサスからパレスチナ地方説。

エジプト➡中国➡世界中と広まる。日本では「日本書紀」に「おほ根」の記述あり。

国産野菜の中で最大の生産量を誇る。聖護院大根(京都)、守口大根、桜島大根のように日本各地で独特の品種が栽培されている。

大根の料理:生のままのおろし大根、刺身のツマ、スティックでサラダ・バーニャカウダー、煮物、鍋物、なます、みそ汁具材、漬物、切り干し大根・・・・ 凄い!!


本著「映画のグルメ」は映画のウンチク、食べ物のウンチクが満載です。、「前著」と「本著:続」の二冊をかじると、映画の面白さ、食べ物の知識が広がり、ちょっとした映画評論家・食品評論家になれます。保証します。


最後に私のウンチクを二つ。

座頭市の原作者子母沢寛(しもざわかん、189221 - 1968719日)は、北海道厚田郡厚田村(現・石狩市)出身。本名・梅谷松太郎。洋画家の三岸好太郎は異父弟です。

池波正太郎の小説「梅安」で、梅安が大根の拍子切りをザルに山盛り作り、シャブシャブのように食べるシーンがあります。とても美味そうで、自分でやってみました。本当に美味しいんですよ。


by hitoshi-kobayashi | 2019-02-15 08:04 | Comments(0)



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タイトルに「リターンズ」とあるのが不思議でした。同じストーリーで、改めて作品化する「リメイク」ではないのです。



1964年公開のジュリー・アンドリュース主演「メリー・ポピンズ」は衝撃的に楽しい作品でした。ストーリーはおぼろげですが、いくつかの場面は鮮明に記憶に残っています。少し面長のジュリー・アンドリュースの優しさを秘めながら清潔で毅然とした演技と歌声に彼女のファンになりした。

「メリー・ポピンズ リターンズ」では、その25年後を描いています。

「リターンズ」は前作の登場人物が歳をとって私たち前に戻ってくるのです。ただし、メリー・ポピンズは齢をとらないで昔のままの若さ現れます。


前作は、1910年が年代設定。今回はその25年後ですから、1935年です。世界大恐慌時代が始まるころです。

舞台はロンドン、ガタガタの道路、老朽化した街並み、街ゆく自動車、市民の服装など、とてもリアルに再現されています。CGの効果でしょう。当たりまえですが、前作に比べアニメと実写の融合した動き・色彩は圧倒的に進化し、登場人物・動物たち・場面の転換は自然で、美しく、ファンタジーの世界へ無理なく観客を誘います。


基本のテーマは全作と変わっていません。

子供の夢と希望に満ちたファンタジーでありながら、困難に自分達で立ち向かい、家族の絆はお金に換えられない大切なものである等々・・・・。
メリー・ポピンズは不可能を可能にする力を持っている魔法使い(妖精)です。しかし、子供たちが困っても一見冷ややかな態度で見守るのです。「自分達で何とかしなさい。」と。メリー・ポピンズは「教育係」なのです。

人物だけでなく、前作で使われた小道具も再登場します。

水が入った丸いガラス容器、ひっくり返すと小さな金属片がキラキラと舞います。屋根裏部屋のガラクタの中に残されていました。

凧、前作では最後のシーンは凧あげでした。その古い凧が重要な働きをします。

2ペンス、前作で子供たちは父親に謝る証として父親に2ペンスを預けます。その2ペンスが銀行の運用で思わぬ大金に育っていたのです。

これの小道具から「子供の頃の素敵な思い出は、大人になってからも生きる支えとなる。」との意味を感じました。これは、「メリー・ポピンズ リターンズ」に加わった新しいテーマでしょう。


豪華俳優さんたちに触れてみます。


メリー・ポピンズ:イギリスの女優エミリー・ブラント。きりり、スッキリ、立ち姿が美しい。漢字「凛」が似合います。その表情に故ダイアナ妃を思い浮かべました。

『プラダを着た悪魔』でトボケタ秘書役、『スノーホワイト/氷の王国』で邪悪な女王ラヴェンナの妹で優しいが恐るべき魔力を秘めたフレイヤを演じています。幼少の頃の吃音症を克服して、演技もダンスも歌もこなす素晴らしい女優です。


ガス点灯職のジャック:リン=マニュエル・ミランダ、アメリカの作曲家・劇作家・作詞家・俳優・ラッパーです。私は、初めての出会いですが、才能の塊みたいな人です。


父親マイケル・バンクス:イギリスの俳優ベン・ウィショー。ローレンス・オリビエの再来と言われています。この人のハムレットを見てみたい。「007シーリズ」でボンドに新しい武器を開発し提供するQ役を演じています。


悪徳銀行頭取ウィリアム・ウェザーオール・ウィルキンズ:名優コリン・ファース。私はこの俳優が大好きです。『ベストセラー編集者パーキンズに捧ぐ』の演技は最高でした。今回は悪人を演じていますが、なんとなくなり切れない感がのこりました。今まで彼が演じた役が善人的なので、悪さの演技に物足りなさを感じたのかもしれません。しかし、最後のシーンで、風船売りは、彼が選んだ風船が空に浮かばないのを見て、「あんたには無理なようね・・・。子供ころを忘れた・・・・」と、残酷な言葉を投げかけます。風船を飛ばせることが出来なかった彼の暗い表情に、前作から50年経た現代を感じました。ディズニー映画に救われない人間が登場したのです。


メリー・ポピンズの従妹トプシー:大女優メリル・ストリープ。従妹なので魔法使い(妖精)です。メリル・ストリープは、どんな役でも演じることのできる人です。御年70歳ですね。出演していることを知らなかったので、スクリーンに出た瞬間、「あれっ、見たことある女優だな・・・」と思い、エンドロールで分かりました。とても若く見えました(失礼)。


前作の煙突掃除屋さんでメリー・ポピンズの友人のバート役を演じたディック・ヴァン・ダイクは、最後にチョット出てきます。御年93歳。机の上で軽快にダンスを踊るんです。


監督は、名作『シカゴ』のロブ・マーシャル。


『メアリー・ポピンズ』(Mary Poppins)の原作者は、オーストラリア出身のイギリスの作家パメラ・L・トラヴァースです。ディズニーが前作を映画化しようとしたときに、彼女は、原作にないことが盛り込まれ再構成されることに大反対でした。さまざま難題を持ちかけたことは、映画『ウォルトディズニーの約束』で描かれています。実際は映画よりもっともっと強く拒んでいたようです。映画化され後全世界から絶賛されても、ディズニーの方針に納得がいかなかったので、次回作製作のOKを出さずに、死ぬまでディズニーと絶縁関係にあったそうです。


ウンチクをもう一つ

1964年、アニメと実写の融合した傑作映画「メリー・ポピンズ」公開。1963年、伝説のテレビアニメ「鉄腕アトム」放送開始。画期的な二つのアニメが生れました。


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by hitoshi-kobayashi | 2019-02-10 08:00 | Comments(4)

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正月前に観ました。想像していた内容と違いました。


タイトルから料理のことがテーマになっていると思ったのです。

全く違いました。しかし、とても面白い映画です。収穫はたくさんありました。

パリに住む裕福なアメリカ人夫婦とそのメイドが巻き起こす大人のコメディです。

マダム(役名アン)は有名人・セレブを招待した晩餐会を開きますが、ひょんなことから参加人数が不吉な数の13名になってしまい、慌ててスペイン人のメイド(役名マリア)の身元を隠し、貴婦人に仕立てて14名とします。

ここから、物語の糸はもつれていきます。

イギリス人紳士の美術作品鑑定家がマリアにぞっこんになってしまいます。

マリアは、身分の違いを隠しながら付き合いをはじめ、イギリス紳士に惹かれていきます。マダム・アンはメイドが素敵な思いをしていることに嫉妬し、貴婦人に仕立てた作戦を悟られることを恐れ、マリアにイギリス人紳士との身分の違を言い聞かせ、諦めさせようとします。これはマダム・アンの夫婦生活がうまくいかないことの裏返しと、夫以外の男性に恋をしたい(浮気したい)願望からくるものです。

私はマダム・アンほかセレブ達の階級意識にいたたまれない切なさを感じ、どうも楽しくありませんでした。

コメディでありながら階級意識・人種の問題・夫婦間の問題・倫理観などが辛辣な会話と映像で観客に訴えかけてきます。

結末は観客の想像にまかされます。

―― メイドもマダムも人間の価値は同じ。彼は私を愛しています。


と、マダムに言い切って、マリアはメイドを辞め、未来に一歩踏み出します。

ハッピーエンドを望む人はそのように、そんなに世の中甘くないと思う人はそのように受け止める事ができる終わり方です。

私は、ハッピーエンド派ですが・・・・


メイド・マリアをロッシ・デ・パルマ(全く知りません。)が演じます。ペドロ・アルモドバル監督(この人も知りません。)のミューズで、「世界一美しい鷲鼻を持つ」と言わしめています。

ごつい体形(失礼)と豪快な鷲鼻(失礼)ですが、動きに切れがあり、恋をして自信を持つことでだんだん表情が明るく美しく変わります。演技力あります。トニ・コレットと対等に渡り合って負けていません。とても、才能と美しさに溢れた女性です。

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いかにもセレブなマダム・アンをトニ・コレットが演じます。

嫌われ役ですが素敵です。計算された演技です。衣裳がとてもオシャレです。


晩餐会には、イギリス、フランス、アメリカのセレブが招かれますが、ジョークの衣をまといながら、他国への皮肉を秘めた会話を理解するにはヨーロッパの歴史の知識が必要ですね。


by hitoshi-kobayashi | 2019-01-05 08:00 | Comments(0)

2018年に出合って、面白かった・良かった・感動した「本を5冊、映画を3作品」、私の好みと独断で選びました。

冒頭の月日は、Blog掲載日です。



2018
年 本の話 独断の選りすぐりの5


2018
116日 楠勝平『楠勝平作品集 彩雪に舞う』 青林堂

夭折の漫画家・楠勝平の作品集。一読に値します。良質の短編小説を読んでいるようです。


2018
年2月25日 若竹千佐子著『おらおらでひとりいぐも』第58回芥川賞受賞作

文藝春秋本誌で読みました。若竹千佐子は言葉をとても上手に操り、彼女の世界に読者を引きずり込みます。


2018
515日 『不染鉄之画集』 求龍堂 2018

画集です。全く知らない画家でした。不思議な世界に出合えます。


2018
年8月2日 高城高(こうじょう・こう)著『〈ミリオンカ〉の女 うらじおすとく花暦』寿郎社 

高城高は札幌在住のハードボイルド作家です。この作品はハードボイルドではないかもしれませんが、とても濃密な上質の味わいがあります。女性が主人公。


2018
924日 梯(かけはし)久美子著『原民喜 死と愛と孤独の肖像』岩波新書

原民喜の入門書として最適です。



2018
年 映画の話 独断の選りすぐりの映画3作品


2018
36日 『グレイテスト ショーマン』 

映画の挿入歌「ディス イズ ミイ」は素晴らしい楽曲です。


2018
319日 『シェイプ オブ ウオーター』

切ない大人のファンタジー。


2018
6 22日 『万引き家族』

家族とは、幸せとは、死とは、絆とは・・・・

この映画は観客に、たくさんの疑問を投げかけます。


by hitoshi-kobayashi | 2018-12-31 08:00 | Comments(0)

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―― 映画、行う! 「クイーン」

―― ハイ、イイですよ。でも、どうして?

―― Facebookでずいぶん話題になっているよ。いとこのYちゃんも行ったんだって。


実は、相方も私もクイーンについてはほとんど知識がありません。

相方は、若い頃、仕事に専念するため必要のない情報を意識的に遮断したらしいのです。今回は、お仲間からの「イイよ。」の刺激に背中を押されたようです。

私は、ロックに興味がなく、ビートルズもローリングストーンズも、そしてクイーンも夢中になれなかったのです。


札幌駅のシネマコンプレックスの一番広いシアターでした。

二日前にチケットをネットで購入したのですが、そのとき既に5割ほど埋まっていました。

幸い、やや後方の真ん中の席をゲットできました。

シアターに入ってビックリ。

スクリーンの前(最前列)まで満席です。こんな状態を観たことがありません。

凄いですね、クイーンの人気は。


映画の話に移ります。

クイーンの映画というより、ボーカルのフレディ・マーキュリーの映画です。

クイーンを結成からフレディの死までのフレディが描かれています。

感想をいくつか・・・・・

ファンの方から馬鹿と言われそうですが、フレディは歌がうまいですね。魅力的な歌声で音域がとても広いですね。英語の歌詞は理解できませんが、一つ一つの言葉の音が明瞭に聞こえます。フレディが歌に込める細かな感情の動きが伝わってきました。

ライブステージで聴衆を操るのがうまいですね。独特の動きに目を見張ります。

クイーンの楽曲はメロディがとてもきれいです。


フレディは、名声を得て独立しますが、仕事に追われ、酒とドラックに溺れ、すさんだ生活を送り、自分を見失ってしまいます。

ある時、フレディは家族の大切さに気が付きます。

フレディが言う家族とは、肉親だけではなく、バンド仲間、もとの彼女、彼を死ぬまで支えた男性などを指しています。

この映画のテーマはクイーンの音楽とフレディと家族の絆の深さです。

最後の20分が話題になっています。

映画の前半にフレディの苦悩、才能、驕り、裏切りによる失意と、家族による救いを描くことで最後の20分の感動が強まります。


フレディをラミ・マレックが演じています。この男優については全く知りません。フレディを演じるのはとても難しいことだと思います。ファンは、フレディの話し方、体の動かし方、歌い方、表情、癖をよく知っています。偽物臭さには敏感です。

YouTubeで本物のフレディを観てみました。

ラミ・マレッタの素晴らしい演技力を改めて認識しました。

クイーンの他のメンバーを演じる男優も本人たちにとても良く似ています。


ボエミアン・ラプソディーに、「ママ~」と呼びかけから始まるフレーズがあります。

映画を観た後に、興奮を冷ますために、居酒屋に立ち寄りました。

相方の憎らしい発言です。

―― 感動した。観てよかった。

でも、「ママ~」が出てくる歌はいろいろあるけど、「パパ~」はないね。


YouTube
でボヘミアン・ラプソディーを聞きました。

歌詞の意味は分かりませんが、メロディが耳から離れません。


by hitoshi-kobayashi | 2018-12-03 08:00 | Comments(0)

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マイケル・ムーアがドキュメンタリー手法でトランプ大統領や共和党を、非難し、叩く映画と思っていました。

違うのです。

マイケル・ムーアの矛先は、

ヒラリー・クリントンにも、

オバマにも、

共和党、民主党を問わず現状を見過ごし保身する政治家にも、

政治家の意向を代弁し、住民の危機を顧みない州・市の職員たちにも、

話題性だけを追いかけるマスコミにも、

巨大な権力を持つ組織(個人)、自らの保身にキュウキュウとする組織(個人)に「No」を突き付けています。そして、悲惨な状況を置かれている底辺の人びとに目を向けます。


アメリカでは深刻な問題が山積です。


  銃の乱射、

州ぐるみの水質汚染、

トランプが数々の暴言を言っても大統領でいられる仕組み。

メキシコからの移民

マスコミへの批判
格差
  人種差別
  雇用


マイケル・ムーアは、出身地「フリント市の水質汚染」を丹念にニュース映像と告発する市職員や市民のインタビューを積み重ね、隠れている本当の原因を明らかにしていきます。

鉛中毒に侵される子供たちの映像は、目を覆いたくなります。

やっと民主党のオバマ大統領(当時)がフリント市に来ました。救世主のように市民は歓迎します。オバマは汚染しているかもしれない水道水を要求し、唇を湿らせただけのポーズをとります。共和党出身の知事との会合でも同じポーズをとり、何も実行的な動きをしません。

民主党&オバマへの市民の失望は決定的です。その後、フリント市で市民に知らされず、突然の実弾・爆弾を使った軍事訓練が行われました。オバマの在職中です。住民がいない地域、家屋を目標にしたとはいえ、オカシナ・オソロシイ話です。

フリント市の水質汚染は市の財政難を理由に、まだ解決していません。水は全国から贈られています。


2018
214日にアメリカ合衆国フロリダ州ブロワード郡パークランドのマージョリー・ストーンマン・ダグラス高等学校で発生した銃乱射事件で生徒や教職員17人が死亡した事件を取り上げています。

アメリカ全土で若者(学生)が主体になった、かつてない規模の銃の規制を訴えるデモが起きました。これは特定の団体が組織したのではなく、ソーシャルメディアによる情報伝達が大きな働きをしました。フロリダ州高校銃撃事件の生存者、エマ・ゴンザレスが銃規制を訴えます。彼女のスピーチは胸を打ちました。

マイケル・ムーアは年齢が足りず選挙権がなくても、政治を動かすことはできることを示して、若もの達に未来への期待を託していると感じました。

今は年齢が満たなくても、いずれ参政権を持つ年齢になるのです。

トランプは、世界に話しかけ操る道具としてツイッターを多用しています。しかし、若もの達は、トランプよりはるかに効果的に自分たちの意見を伝え現状を変革しようとする手段・方法・道具として、ソーシャルメディアを使っていくでしょう。


マイケル・ムーアのユーモア―センスを示すエピソードがたくさんあります。映像は彼の撮影ではない誰か(?)のニュース映像を使っています。映像は、本質を映し出します。


フリント市水質汚染で、マイケル・ムーアは、州知事に、彼が安全だと主張する市の水道水を持参し面会を求めます。対応した報道官に「安全と言うなら飲め!」と迫ります。報道官が飲むはずはありません。


大統領選で、ヒラリーの勝利を信じる支持者の派手な集会と敗北後の絶望な表情を取り上げています。マイケル・ムーアはヒラリーを直接的に非難しませんが、映像の彼女の表情はトランプよりワザとらしく偽善的に見えます。この表現は心に響きます。

開票当日、ヒラリーの勝利を確信してお祭り騒ぎ。勝利宣言の場所を「ガラスの天井を破る」というキャッチコピーに合わせ、「ガラス張り会場」を選びました。しかし、ヒラリーは敗北しました。

一方のトランプ陣営。開票前は敗北濃厚の沈痛さで満ちています。トランプ自身も勝利するとは思っていなかったのかもしれません。勝利宣言のために登場したトランプの、「こんなはずではなかった。勝っちゃった。どんな顔をしたらいいのか分からない。」みたいな表情が可笑しい。マイケル・ムーアは勝利宣言の演説原稿がなかったと言っています。


トランプとヒットラーの発言や政治手法、国民へ宣伝の類似を、映像を重ね取り上げています。

双子のように重なる二人の政治家(独裁者候補と独裁者)を面白可笑しく表現しています。でも、私は、当初リベラルな主張(現状の改革)をしていた二人が徐々に発言が変わり、国民がそれに気が付かず熱狂的に支持し、二人が独裁者に変貌していく姿に、笑いが消え、恐怖を覚えました。


トランプは現在大統領です。

銃規制運動は続いていますが、その進みは遅々としています。

フリント市の水質汚染は解決していません。


私は子供のころ、なにも知らなかったのでしょう。
アメリカ持つ豊かさと自由にあこがれを感じていました。
今も何も知らない・・・・・。


by hitoshi-kobayashi | 2018-11-23 08:00 | Comments(1)

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アラン・デュカスは料理しません。

「料理は頭の中でする。」と語ります。

日本滞在の時、NHKでホウレンソウオムレツ(らしい)を料理する場面がありました。

この映画は、二年間の密着ドクメンタリーです。それなのに、料理をしたのはこの一回だけだそうです。

NHK、力ある!


アラン・デュカスは日本が好きです。

日本というより日本料理が好きです。年に4回、日本を訪れるそうです。

映画では、箸を上手に使い、ウナギを美味しそうに食べていました。

日本料理の伝統と技術には一目も二目置いているようです。常に新しい発見を求めています。


アラン・デュカスは、常に試食しています。

畑では採りたての生野菜を、厨房ではシェフの料理を、新しいレシピを。

日本での移動中、デパ地下みたいなところに立ち寄り、スイーツを三つ買ってホテルで食べていました。これも試食です。彼は旺盛な好奇心、知識欲の塊です。味の記憶を求めています。

がっちりした体格だけど、試食の多さから、太ることが心配でしょうね。おそらく、量は少ないのでしょう。チョット食べても料理の成り立ちが透けて見えるのでしょう。

帝国ホテルの料理長を26年間務めたシェフだった故村上信夫さんは、日本でフランス料理を広めた功労者です。NHKの『きょうの料理』で料理の楽しさを伝えました。村上さんは、この人の料理は絶対美味しいと思えるほど体格が立派でした。

この映画では、アラン・デュカスが統括するレストランのシェフは太っていません。

時代の変化でしょうか。アラン・デュカスは美味しい野菜について何度も話していました。


アラン・デュカスは時代の変化に敏感です。

―― 10年前なら、この料理は新しかっただろう。今は違う。もっと尖った料理でなくてはいけない。

豆乳を使ったスイーツを食べた後、パティシェに語ります。

―― 美味しい。もうすぐ砂糖も乳製品も使わないスイーツが作れるようになる。


アラン・デュカスはよく話します。議論します。

頭の中で料理をすると云うだけに、自分の感覚・思いを徹底的に伝えます。

聞く耳は持っているようです。しかし、アラン・デュカスに反論できる人がいるでしょうか?

一方で、こんなことも言っています。

―― 料理は、技術や味だけでなく、シェフの魂が必要だ。

―― 後進を育て、道を譲ることも必要だ。


アラン・デュカスは、キャビアについてこう語っています。

―― アラブの製造法で作られた中国産のキャビアが最高だ。

私は、キャビアを一度?二度?チョットだけ食べたことがありますが、美味しさがよくわかりませんでした。映画のようにスプーン一杯を口に入れなくては分からないのでしょう。

私の属する世界とは、違う世界の食べ物なのでしょう。


この映画で描かれるアラン・デュカス像は、あまりにも完璧です。

前半は、彼の天才に驚きを感じながら観ていたのですが、後半はあまりにも予想通りの会話が続くので、私は退屈になってチョット寝てしまいました。


by hitoshi-kobayashi | 2018-11-01 08:00 | Comments(0)